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1998 アーカイブ

1998年12月 1日

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CDを買いたい。
大学生協の購買部ではCDを15%OFFで売っているので、まずそちらに行ってみたが、売っていなかった。まあ、正確には僕の買いたいCDは2日発売なので、その辺も関係あるのかもしれない。

ところで、今日から僕は簿記の講座を受講しに行く。実は、僕は今まで塾とか予備校とかいうところには殆ど全く行ったことがなく、せいぜい夏期講習とか短期のものを受けたことがある程度だ。それが、何でまたよりによってこんな中途半端な時期に通うことになったのかと聞かれると答えに窮するのだけど、まあ、何事も経験だ、と。で、予備校は烏丸−四条にあるので、行く前に地下鉄四条駅を降りてすぐのところにあるJEUGIAというCD屋に寄ることにする。

待ち望んでいたメタリカ『GARAGE INC.』ともう一つブライアン・アダムスの『18 til i die』も購入。死ぬまで18,良いタイトル。前々から買おう買おうと思っていて買わずじまいだったので(よくあることだ)、この際買ってしまう。で、この2枚は帰宅してからのお楽しみとする。

家についたのは午後10時5分。実は20分から11時までラジオの英会話教室があって、まだCDを聴くことができない。でも、無理矢理ビニールを引き裂いてガレージインクの一枚目(新録の方)を取り出し、2曲ほど聴いてみる。おおっ!いいぞ!!特に2曲目『IT'S ELECTRIC』。こういう音楽を聴くのはけっこう久しぶりで、しかもまだのめり込める心が僕の中にあるみたいだ。嬉しい。

夜は長い。ゼミの発表のためのレジュメをパソコンで作成しながら、ヘッドホンをつけて古く、しかし良質のロック(かなりハードですけど)のカヴァーを味わう。もちろん爆音で。
買った人はわかると思うけど、蓋を開くてすぐ目に入るブックレットの裏側、あれには笑えた。The Metallicats。

ブライアンの方も聴いた。『(I Wanna Be Your) Underwear』っていう曲があって、歌詞を見て、こりゃまるでストーカー男の歌だなと思った。音楽自体はかっこよかったけど。

1998年12月 3日

初めての献血

2時からゼミ発表の打ち合わせ。飯を食ったりして2時くらいで終了。

今日もウォークマン(メタリカ『ガレージ・インク』)を聴きながら颯爽と校舎を歩いていると、青いジャケットを着たお姉さんに声をかけられる。どうやら献血のお誘いらしく、今日は校内で献血を行う日なのだけど、何故かいつもより献血者が少ないらしい。そこで3コマの只中に外をほっつき歩いてる僕に目を付けたというわけだ。
「今忙しくないんでしょ?」と訊かれた。たしかに暇だ。それにうまい断り方が思いつかないし、なんか断ってしまうと悪いかなーと思ってしまう。それで、なし崩し的に献血車のある神学館へ連行される。

まず受付で軽く書類を書かされる。受付っていっても玄関口にテーブルと椅子、それに寒さしのぎのストーブが置いてあるだけだ。バイトの男子学生がそのストーブの近くで作業をしていると、僕の隣の献血希望者が一言。「あの、コート、ストーブについてるんですけど」見るとコートは既にこんがりきつね色に焼けていた。当然その学生は怒っていたが、怒りのやり場がないだけに辛いだろう。たぶん、バイト代よりも高くついたんじゃないかなー、あのコート。

次に神学館内に入り、検査。しばし待つ。女の人がけっこう多い。女の人の方が健康などの自己管理や献血の大切さに関心があるからなのかな、と推察してみる。献血すると、希望者にはコレステロール値などの採決データが送られるので健康管理に役立つし、捧げた自分の血が誰かの役に立つのだから。ちなみに、採血検査をする際、僕はアンダーウェアとして長袖Tシャツを着ていたために袖をめくれなかったので、下着だけ脱ぐ羽目になった。トイレで着替えてきたとはいえ、こういうのはこっぱずかしい。

検査を終え、献血車に入る。ベットに横たわり、先の採血検査とは逆の左腕に針を刺し採血開始。管を通して、血というより飲むゼリーが腕から吸飲されるような気分。機械の振動を感じる。睡眠不足だったので検査の時に大丈夫かと訊かれたけど、全然平気。ただ飲むゼリーがじゅるじゅると腕から出ていくだけた。

採血終了。血止めのために、でかめのガーゼを当て、包帯を巻く。考えてみると、包帯をしたのなんて、生まれて初めてだ。なんだか俺って色々未経験なことがあるらしい、と思う。椅子に座り、パックのジュースをもらって一息入れる。隣のかわいいお姉さんは美味しそうにごくごくとジュースを飲んでいた。では僕も、とストローを刺そうとする。腕が曲がらない。さっきの包帯、どうやら肘関節のあたりに巻かれているらしい。それもきつく。仕方がないので、ストローを持った左腕にパックを持った右腕を近づけ突き刺す。ふうっ、とりあえず刺した。刺したはいいが、実は僕は字を書く時を除いて左利きなのだ。でも今の状態の左手で飲むのは辛い。やむを得ず右手にパックを持って飲むがぎこちない。ジュース自体は美味しかったけど、隣のかわいいお姉さんのように美味しそうに飲んでいるようには全然見えない。二人羽織のようなジュースの飲み方を披露して退散。

1998年12月 4日

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今日はゼミ発表。が、僕の前の発表者たちが先生に質問責めにされ、時間が押して、僕が喋る時間はほとんどなかった。せっかく頑張って用意したんだけどなぁ。

午後7時から9時半まで予備校で簿記の講座を受講。帰り道、4条烏丸、高島屋向かいのパン屋「バッケンハイム」前で、ラジカセから流れるオケをバックにサックスを吹いている人を見た。ビートルズの『let it be』だ。なめらかで、優しい琥珀色の音だった。

演奏が終わり、周囲から拍手が起こると、体格の良い、髭を生やした山親父みたいなその演奏者は人なつっこさそうな笑みを浮かべ、一礼した。いい演奏だった。

1998年12月14日

モノ作りは楽しい!

家頁作成もいよいよ大詰め。メインとなるテキスト自体は殆ど上がっているのだが、レイアウトやタイトルをどうするかで意外に悩み、時間をくってしまう。不毛。こういう場合は、自分への妥協もある程度必要なのかな。完璧を目指していたら何時まで経っても出来上がりそうにない。徐々に更新していくのが一番良いのだろう。

作業開始以来、ちょっとずつ買い込んでいたPC関係の雑誌やら書籍やらが気づくと膨大な量になっていて、今では机や床を占拠している。今日なんて机に置き場がなくてコーヒーカップを床において作業をしながら飲んでいたのだが、案の定、僕がふと立ち上がった拍子にカップが足に当たってしまい、カーペットが暗黒色に染まった。ある意味、予定調和ですらある。生活のリズムなんてものは既に無くて(強いて言えば変拍子の嵐と言ったところかな)、おまけにここ数ヶ月、この際はっきり言ってしまうと個人的にかなり辛い出来事があったために轍を歩いているかのような重い足取りで日々を何とか生き抜いていた。気分を無理矢理高揚させるために髪を明るい茶色に染めてみたりもした。馬鹿みたいな話ですけど。

そんな重い生活の中にあっても、やっぱり何かモノを作るっていうことは凄く楽しいことだ、と改めて思った。僕は実は昔から絵を描いたり、ちょっとした作曲をすることが凄い好きだった。勿論「作る」ということはそれなりに苦しみや困難も多々伴うものだけど、その困難すら充実感の一部として味わえる。「ああ、なんか芸術家っぽいなー」ってね。
 で、今もチンタラチンタラと何かしらモノを作り続けています。

これからも、頑張ってこの家頁をより良いモノにしていきたいと思いますので、皆さん、どうぞこれからも気長に西川と付き合ってやってくださいね。質問、意見、感想や苦情なども遠慮なくお申し付けくださいまし。頑張るぞー。

1998年12月21日

誕生日

といっても、特に普段と変わらない。てゆーかー(死語?)、食生活に関して言えばいつもにもまして悲惨な一日だったような気がする。

ここ数週間ばかり、僕は「なんちゃって芸術家モード」に入っていて、無精髭は生え放題で髪型はテキトー、気絶するように突然眠り、飯は作る時間が勿体なくて出来合いのものかインスタントを貪る。人間失格の一歩手前である。

しかも、自分の中で「誕生日に家頁を始動させる」ということを目標としていたので、自分自身の誕生日なんて考える余裕がなかった。

で、家頁の方はおかげさまで無事生み出すことができ、ありがたいことにお客さんもけっこう遊びに来てくれたみたいだ。僕自身もけっこう来たけど。はっぴーばーすでー・とぅ・ばーずあい!よく生まれてきた!

僕自身はというと、ちょっとばかし疲れちゃって(充実した疲労感ですが)、結局毎年恒例の「自分で自分にプレゼント」も不履行状態。学校から帰る途中、ミスドに寄ってオールドファッションやウォールナッツマフィンを買い、自宅でむしゃむしゃ食べただけ。明日、河原町に行ってプレゼントを買おうっと。何を贈ろっかなー、自分に。