ようこそ。ここは写真や音楽、デザインの小話を細々とアップし続けている個人サイトです。東京勤務、湘南在住の道産子がお届けします。
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2001 アーカイブ

2001年1月15日

ネットアイドル?

ネットアイドルを自称する人から、「はじめまして。いきなりですが私のHPの人気投票ボタンを押してください。写真付きですよ。職業はモデルです」という旨のメールが届いた。

うーん、なんだか悲しい。底の浅さを感じるというか・・。

そもそも本当にいきなり過ぎだ。選挙にありがちな、投票数日前の電話攻勢みたいで正直いって不快だった。もちろんサイトに足を運ぶことなく、メールも破棄。

良いサイトだったら、黙ってても押してあげるからさ。もう少しいろんな事を考えられる心を、人の気持ちを察する事のできる心を、育ててください。

ホームページって一体何なんだろう?

2001年2月 9日

店員さんと呑む

研修最終日。今日の僕の発表はぶっ飛んでた。自分でも笑ってしまった。

食堂を経営している女性・タンポポさんが、トラック運転手・ゴロウとの出会いによって、美味しいラーメン屋さんを作るんだ!と燃える様を描く映画の冒頭を鑑賞。

見た後、「何故この女性はやる気になったのでしょう?」という設問が与えられ、グループで話し合った後で代表者が発表するという研修がありました(こうして書いてみると何やってんだかという感じだけど・・けっこう真面目な研修です、たぶん)。

で、僕が代表として発表したのだけど、当然僕の発表はいつもの如く恒例・開き直り的アドリブトーク。何を血迷ったか「タンポポさんは、ゴロウと出会い、えーと・・、そう、広い意味で女に火が付いたからですっ!!」と発言。教室内は爆笑。

* * *

研修終了後は、各地に散らばっている同期と久々に再会したので、当然の如く呑み。親しい同期との間で行きつけの居酒屋へ。

と、どこかで見た事のある人が・・。おお、辞めたはずの店員さんが、いるっ!働いている!若くて、元気のいい女の子。

さらに、僕らが行った頃には、その店員さんはぼちぼちバイト時間が終了といったところだったのだけど、なんとバイトが終わった後も、僕らの隣にちょこんと座って、ちょっぴりお酒に付き合ってくれました。なんと友好的なお店なんだろう!

・・・一歩間違えばスナックっぽいが・・・。

2001年3月 3日

事故

今日は、ちょい久しぶりに長めのドライブをしようと思い、10時半くらいからふらりとあてもなくドライブ。札幌より南へ一時間ほどの所にある支笏湖目指して、峠を越える。雪もほぼ融けていたし、走り自体を楽しみたかったというか・・要は飛ばしたい気分だったので、ついつい爆走。

すると、急に凍っていた路面に差し掛かった。ハンドル制御が利かなくなり、車が左右に振られ、最後は反時計回りに勢いよくスピン。道路わきの雪山に車の右後方から強烈に衝突。バンパーが少し歪んでしまった・・。

周りに他の車がいなかった事と、人を乗せていなかった事がせめてもの救い(人を乗せてる時は、そもそもそんな運転しないけど・・)。

さすがに今日はいろんな意味でショックを受けた。でも、これに懲りずに、運転にどんどん慣れていきたい。

運転に限らず、人間って、失敗を積み重ねてはじめて気づく。自分の愚かさとか。

でも、帰宅後早々、寮の友人が先輩の結婚式に出席するというので、会場までバンパーへこんだボローラで送りましたとさっ。懲りないー。

私信:
心配してくれて、どうもありがとう。嬉しかった。
たこ焼き美味しかったよ。

2001年3月16日

支え合うこと

年末辺りから今に至るまで、身近な人に、実にいろんな事が矢継ぎ早に降りかかった。悲しい事もあったし、いろんな行事もあった。今は、恐ろしく忙しい日々を頑張って乗り越えている。

俺は、どっちかというとマイペースというか、たぶん自己チューな人間なんだろうけど、でも、その人の事が心配だった。心配だったし、俺なりに支えたかった。

年末・・本当に大変だったと思う。辛かったと思う。

・・話を聞いたり、いろんなタワゴトをお互い話し合ったり、疲れを受け止めたり、励ましたり・・俺に大した事は何も出来ないのだけど、とにかく疲れとか悲しみとか、その人が抱えているものを受け止めたかった。やっぱり疲れや哀しみを一人で抱え込むというのは辛いものだから。

のんびーりマイペース猿・西川が、一体どのくらい人を元気付けたり励ましたりすること事ができるのかは、ナスカの地上絵に負けず劣らず謎だ。でもまぁ、人がやっぱり少しでも元気な顔を見せてくれたり、元気な言葉を発してくれると、ホッとするし嬉しい。

今は、俺もその人も多忙な日々の中にいる。俺はまぁ馬鹿体力野郎だからそんなに疲れはしないのだけど、その人が体力をどんどん奪われ、どんよりと重ーい気持ちになっているのは、当然だし、その辛さもよく分かる。痛いほど分かる。できれば俺の体力を分けてあげたいくらいだ。

悲しさ、悩み、辛さ、痛さ・・一人で抱え込んでしまうのはとても辛い。こんな俺が誰かの為に出来る事は、痛みとか哀しみといった想いを共有し、そして支え合い、励ましあいながら一緒に進んでいく事だと思う。

2001年4月 4日

深夜の疾走、過去へは戻れない

レンタカーを借りて今日から出張に行っている会社の同期であり、「かつ丼同好会(現在会員2名)」の同志である友人Kが、「今帰るなら、一緒に寮まで乗ってかない?」との社内メールを送ってきた。昨日の話だ。

仕事をけっこう抱えてるので迷ったけど、よく考えてみたら一日や二日頑張ったところで到底片付けきれない程の膨大な内容なので、気分転換も兼ねて、お言葉に甘える事にした。

Kはパチンコで大勝ちしたらしく、飯をおごってくれた。
実は情けない話だけど、最近の俺は少し・・いや、けっこう不安定で、食欲が全然なく、クッキーくらいしか物を食べていない。

その事を話すと、「栄養つけんと駄目だ」と、ダブルかつ丼の大盛り、豚汁(同じく丼サイズ)、から揚げを(半ば強制的に)注文された。Kなりに心配してくれているのだろう。ありがたい。まぁ、元々二人揃って大食いな事もあって、全部平らげた。かつては週末毎に、大盛飯が食える札幌の大衆食堂を一緒に巡った大食いコンビだったりする。

* * *

ここ数日、仕事を終えて帰宅した後、深夜ドライブに繰り出している。もちろん昨日も。たぶん今夜もだろう。

音楽を程よい音量でかけ、聴くともなくボンヤリ聴きながら、深夜の幹線を走る。何車線もある国道は、昼間のような大量の車の群でひしめき合う事もない。

走っていると、幾分か落ち着く事ができるから、走っている。俺はひどく単純な人間だ。

* * *

よく考える事がある。

俺たちは、過去や後悔に引きずられながらも、未来へ向かって進まなければならない。もちろん、過去を完全に忘れ去る事は出来ない。哀しみに、少しは呆然と立ちつくす事もあるだろう。でも、生きていくためには、立ち止まり続ける事も、さかのぼる事もしてはならない。悲しいけど、俺たちは失敗からしか学べない。

そして、それが今まさに俺がやらなくてはならない事なのだ。

もう、楽しかった過去は思い出でしかなく、過去の過ちを取り消す事も出来ない。悲しいけど、それを痛みとして糧として感じ取り、俺は道を拓かなくてはならない。

2001年4月15日

現状打破

人は皆、俺が変わる必要は無いと言ってくれる。俺は今の俺のままで良いと。

凄くありがたいけど、でも俺は今、変わらないといけない部分があると痛感している。もっと言うと「変わらないとこれ以上進めないし、自分の欲するものを手にできない」という危機感みたいなものがある。

現状を保ち、そこに安泰する事は出来る。でも、切なく、煮え切らなく、くすぶった袋小路のような俺の現状を打破するには、周囲が変わるのを待つのではなく、俺自身が変わり、成長し、俺が動かしていく事が必要なんだと思う。

で、どう変わるかと言う事なのだけど、「らしさ」を変えるつもりはあんまり無いし、大体変えようと思って変えられるものではないと思う。

人の気持ちを察して気遣おうとする部分と、「俺は今こうしたい」という部分が俺の中にあるとして、過剰気味の前者を下げて、眠っている後者のウエイトをちょっと・・けっこう上げてみたい。要は強気で行きたい、と。 ん?強気になる以外は全然変わらんか。

あと幾つか変わらなきゃと思ってる部分はあるけど、そういうのをホームページに長々ウダウダ書く事自体が、もう既に自分の中では非ク〜ルなんだ・・ゴメン。強気で行く点だけ書いときます。

2001年6月 8日

恋人を失う、人質身分からの解放

鳥目で一切喋ってなかったけど、今酔っ払っているし、メンドウだからバラしちゃうと、西川、実は今年の冬から春にかけて恋人がいた時期が少しばかりありました。

元々その人とは友達としてけっこう長く付き合っていて、その人はほとんど毎日i-modeメールをやり取りしていた。でも、今の俺の503は漬物石。

彼女にはホント申し訳なかったと思っている。弱い俺、自分から逃げようとしていた俺が悪かった。

* * *

長ーい日記、先週のレポートを書くといったけど、最近ずっと強烈に忙しすぎて満足に書く時間がありませーん。グルメ道の対極、コンビニ弁当の日々。生活の潤いなんてカケラ程もナイ!先週のナサケナイ話とか、週末辺りにでもまとめて書くので、どうか了承を。

そんな忙殺状態にある最近の西川。でも、創作意欲が物凄く沸いてます。時間なくて不発で終わっているけどね。

さらにさらに酔っ払ってるから書くけど、俺は元々webの可能性、webで切り拓けるであろう”組織に迎合しない個人”の可能性を信じてホームページを開設したし、この先の一年くらいでそれをボチボチ具現化していこうとけっこう本気で思ってます。お楽しみに。

* * *

で、仕事の話だけど、明日からは担務変更となります。
”人質”所属体制から脱し(まぁ兼務という形で籍は残るけど)、晴れて古巣に戻る事が出来る。永い冬の時代を越え、ようやっと追い風が吹いてきた?

今だから言えるけど、今年の初めに”所属先と仕事先が異なる”というイビツな体制となって以降、実は個人的にかなり苦悩の日々でした。辛かった。

2001年6月11日

仕事について

たぶん初めてだと思うけど、俺がやってる仕事について差し障りない程度に喋ります。TWO DOGSを気持ちよく飲みながら。

実は他の同期から見ても、また社内全般的にもちょっと変わった仕事をしています。
H8年からH14年までのあるプロジェクトに本配属当初(H11年)から今に至るまで携わっています。

大規模かつ全国初という、外聞的には華々しい仕事。

でも、俺が入った時にはすでに事業の真っ最中。提案や基本設計等の初期作業は終わっていて、後は14年まで膨大な課題整理と事務作業、そして長い長い工事が残っているだけでした。

後で触れるけど、「若手社員・業務報告会」で実はちょっとだけ他の同期が羨ましかった。お客様への提案を行い、売り上げ、トラブルに遭遇し・・・等々。たとえ小規模でも、そういったプロセスを一歩一歩着実に経験しているから。そして、年度毎の自分の業務目標(○○会社様への提案、○○円の売り上げ等)を主体的に組める。

でも、俺にあるのは膨大な課題整理スケジュール表だけでした。常にH14年に向けての大きな流れがあり、一つの仕事に終わりというものが無い。

もちろん、今の仕事でしか得られない貴重な経験は沢山あるし、成長した部分もあるけど、新人が最初に取り組む仕事ではないかもな・・、というのが今の正直な感想です。地道で小さな仕事から一歩一歩地道に学ぶ方が絶対に良いし、正常進化だと思う。俺の仕事は精神的にタフな方と自負している俺でも、最近はちょっと辛い。

どうして、こんなクソデカイ業務を担当する事になったんだろう・・・?と毎日自問していて、答えが出せずに苦しんでいるのが正直なところ。

* * *

で、先々週の話になるけど、若手社員を対象とした「業務報告会」なる”行事”がありました。

が、狂気的に忙しい毎日の中で報告会のための準備も全く出来ず、おまけに自問の日々を送る自分の中で何を言うかについてのコンセプトがユラユラと揺れていました。

で、結果は「歯切れの悪い」を通り越したムナシイ報告となってしまいました。普段、ああいう場で喋る時は、けっこうユーモアを盛り込んだりするんだけど、そんな元気すらなかった。

* * *

要は、忙殺の日々と自問を続ける俺自身に対しての苛立ちが、3年目に入り、もう限界に達しつつあるのかもしれない・・・。

でも、少なくとも与えられた環境の中でベストを尽くす姿勢は、まだ一応ギリギリ保っている。雑用にしても、これからも良い結果を残そうと思う。

そして、この苛立ちに対しては・・・、なんとか自力解決していきたいと思います。

2001年7月 2日

不思議な状況

先週末だったかの話。

同期の”憧れのオープンエアな変態同盟”Kと”ヤン車系から一転スポーツ系へと華麗な転身を遂げたホスト志望”Oと、軽くドライブに行ってきた。それぞれの車を走らせて。天気も良かったし、かなり気持ちよかった。

また行きたいっす!!!! K、O、ゼヒ誘ってください。あ、どうせなら、可愛い子でも隣に乗っけたいですね。や、拉致とか監禁じゃないですよ。むしろ拉致られたいって?イヤイヤ、そんなー。

* * *

3月からずっと伸ばしていた髪を切った。もういいだろう、と思って。
一人、気持ちの中で勝手に詫び続けても仕方ない。自分の中のいろんなキモチと決別した。あとは、気持ちに正直に、自由にやってこう。

* * *

幹事西川、復活。金曜夜は歓迎会の名目で担当の人と飲んでた。
やっぱり今の状況は異常という他なく、みんな限界ギリギリなんだな・・・と思った。

俺の事も、見てくれている人は見てくれてたみたいで、かなり励まされた。「誰もこの状況を分かってくれないだろう・・・」と、この一年くらい、半ば諦めていただけに、ありがたかった。

で、かなり飲んだはずなのに、ふつーにチャリンコで帰宅。我ながら凄いのか馬鹿なのか判断つかん・・・。

* * *

遊びたい時は遊ぶべきで、否定してるわけではない。

うーん、ただ何ていうか、「成長したい、変わりたい、幸せになりたい」と言っておきながら、何もせず、ただ待ってるだけってのは違うかも、と言いたいのかも。虫がいいって言うの?(←日本語よくワカリマセーン)棚からボタモチ?他力本願?玉の輿?・・・うーん、ボキャ貧かな。

そういう時は、少しだけ遊びのウエイトを下げて、自分自身に時間と労(とお金も少々)を費やすってのはどうだろう?と。地味かもしれないけど。

* * *

それにしても、
不思議っちゃあ不思議だけど、今のギリギリの状況、意外とけっこう楽しいかもしれない。

2001年7月11日

女友達

気持ち的にダウン寸前の先週、実にタイミングよく「飲みにでも行こうよ」とのお誘いメールが。

で、土曜日に、実に久々な友達と飲んだ。七夕って感じだ。
8時に飲み始めて、お互いチラッと時計を見たら深夜2時!一軒の店でぶっ通し6時間も居た・・・。一瞬、時計壊れてるのかと思ったよ。
それくらい話まくったし、おかげで溜まっていたモヤモヤと言うか、そんなものがだいぶ晴れた気がした。

ぶっちゃけた話、その人は俺より2歳ほど年上の女友達。
俺に好きな人が出来て以来、サシで会うのはなんとなく自粛してたけど、恋に破れし今は別に良いかな、と。

やっぱりダテに年は取っていない。カッコいいお姉さんだ。ひじょーに説得力のある話の連続で、「楽しい大人の飲み」という感じだった。ああ、おねぃさん〜。

それにしても、深夜2時だよ!? 彼女は安心しきってるんでしょうか?「晃太郎君と飲んでも過ちはないだろう」って。それはそれで、男としてちと悲しいか・・・?ハハハ。

ともかく何人かいる女友達。一緒にいると落ち着ける。皆、俺にとってとても大切な存在だ。

で、すすきので別れたあと、例によって自転車で帰宅。

* * *

俺は今、25歳だ。
カッコいい大人になりたい。(外見の事じゃなくて)
そして、楽しく進もう。どんな時もユーモアを忘れずに。
 
そして、少年の憧憬も失わない。

2001年7月29日

かつて全てを捨てた

元彼女から実に久々にメールがきていた。

俺の中ではてっきり喧嘩別れ・・・というか、このフガイナイ俺に彼女が愛想を尽かして別れたと思っていたし、そもそもこのサイトも見ているはずもないと思っていた。だから・・・「頑張れ!」という言葉がものすごく嬉しかった。本当にありがとう。少し救われた気分だ。

というか、本当にいろんな人が鳥目を見ているんだね。びっくりした。俺としても鳥目を見た人が少しでも前向きで楽しいキモチになってもらえたら最高です。

* * *

今日も、ちょうど真上の部屋に住んでいる同期(カツ丼同好会会長K)と飲んだ。昔・・・大学へ入学した頃の話になった。

実は・・・俺は北海道内の某国立大学も合格してた。でも、俺はそれを蹴り、親には本当に申し訳なかったけど、京都にある同志社大学という私大へ入学した。

その頃、俺は・・・全てを投げ捨てて、ただ一人の知り合いもいない”異国の地”で、自分の力でゼロから生活を始めたかったんだっけな・・・。

全てを投げ捨てても、残るものは残る。本当の友情(数はまぁそんなにないけど)。余計なプライドとか飾りを剥ぎ取った自分の本心。

2001年9月25日

事実は事実のまま

一週間と少しの育成研修明けの久々の会社は・・・一人の方のためだけに、すごい暗い気分になった。

「お久しぶりです」って言ってるのに、スラっと黙殺された。どうも怒っているようだったけど、分からない。なんか悪い事したんだろうか、俺・・・? 怒るでも何でもいいから、反応が欲しい。無反応ってのが一番コタエルよ。結局、電話の取次ぎを除いて、一言も会話を交わさなかった。

なんなんだ??

相変わらず変な仕事が沢山あって復帰早々ダラダラ残って仕事してたけど、なんかトットと帰りたい気分だった。ちなみに他の人とは以前と変わりない感じだったし、全体的にはいい感じでスンナリ復帰できた。それにしても、はぁ・・・まいった。何なんだろうな・・・。

こういった小さな出来事が、俺の背に少しずつ積み重なっていたんだと思う。そして、訳も分からず疲れていた。修復不可能なまでに。

「前向きに行こう」と、今までいろんな人に散々言ってきた。でも、今の俺はポジティブ思考に限界を感じてしまっているかもしれない。かといってネガティブにもなってはいないけど。事実を、事実のまま乗り越えていくしかない。変にプラス方向に捉えたり、被害妄想に陥ることなく。

* * *

事実を、事実のまま乗り越えていくしかない。変にプラス方向に捉えたり、被害妄想に陥ることなく・・・。って、これは恋愛にも当てはまるかもしれない。

相手の何気ない言葉に、わずかな希望とか可能性を勝手に見出したり、逆に悪い方向に連想したり・・・以前の俺は、振り子特急のように揺れまくっていた。俺の勝手な妄想のせいで。

事実は事実。それ以上でも、それ以下でもない。悪い状況を、しっかり受け止めるしかない。

2001年10月12日

戻らない

もう2週間ちょっとで東京に行きます。

単に「エキスパートリーダー研修」っていう一ヶ月の長期研修なんだけどね。でも、それとは別のところで、いろいろ考えていることがあります。

たぶん・・・再び札幌に戻る頃には、意識的に”違う自分”になってる気がする。意識の上では、もう戻ってこないというか・・・。だから、変な焦りもあるのかもしれない。

それよりも!
まず、果たして今やってる仕事が片付くのか、正直不安になってきた。まあ経緯はどうあれ、状況はさておき、個人的に今はこれにかける気持ちがデカイので、全力で挑もう。

1ヶ月の東京暮らしは、不謹慎ながらオフが楽しみです。「田舎者、東京かぶれ」を地で行こうと思います。プラプラひとり頑張って店とか歩きまわろうと思います。

2001年10月16日

学生キラー?

一部の人にだけお待ちかねだった「釈明会見」です。サラッと片付けてしまいましょう。

事実: 西川、ハタチの女性と一緒に夕飯を食べました。そんだけ。

「相手は19歳?」という質問を頂きましたが、たしかにホンの少し前まで19だったけど、一応ギリギリ成人です。ほーら無実だ。

ちなみに、その子は「昔よく行ってた居酒屋のバイトさん」だったので、その店によく一緒に行ってた同期からは「ざけんなー!なーんで、晃チャンばっかり良い目見てんのやー!!」と激しく糾弾されました。そ、そんな怒られてもね、問い詰められてもね・・・。

2001年10月30日

リーダー

ども、こんばんは。東京からの初ノートです。

東京モーターショウ!!!!が実はまさに今開催されています。なんと言う運の良さ。行け!といわれているようなもんです。なんと、あのGT-Rのコンセプトモデルが展示されているとの事(ってことは、やっぱSKYLINEとは別の道を歩む事になった、という事ですね)。土曜日は、カメラ小僧と化して、幕張メッセへ出撃予定です。

***

今、「エキスパートリーダー研修」ってのを受けています。リーダー研修といいつつ、単なる技術研修の寄せ集めっぽいけどね。(でも、いきなりグループディスカッションやらが2日間あったのは予想外だった・・・)

・・・以前に受けた育成研修が終わった時のノートに「俺がリーダーになれるかどうかを見極めたかった」って書いたことがあるのだけれど、それは役職的な意味でのリーダーの事ではない。肩書きに虚しく執着するような趣味はないです。飾りよりも素材で勝負したい。

なんというか・・・「一緒になって何かを成し遂げようとうするメンバーを、良い環境で動けるように支え、勇気付け、力を引き出し、迷った時は方向性や打開策を打ち出す事が出来たり、そして、一緒に進んでいける」そういったニュアンスです。仲間と共にありつつ、ちょっとだけ引っ張る事が出来るという意味かな。在野のリーダー?間違っても、役職や権力で威圧して、無理やり動かすような意味ではないです。

***

別に東京で一ヶ月も過すからといって、たぶん俺が抱えているものを捨てたりしないし、変わりももしないと思います。俺にとって大切な人や物は、今も昔も変わらない。

2001年11月16日

リンク

今、受けている「エキスパートリーダー研修」では一ヶ月の間に数種の単元があります。今日はひとつの講義の成果測定が終わり、ホッとした気分もあり、クラスの皆さんと一緒に牛角へ。

ちなみに、ご存知の通り、俺はけっこう人付き合い悪い方(らしい)っす。ほっとくと、ついつい一人で過ごしてしまう悪い癖があるからなぁ・・・。でも、決して人嫌いではないんす。まぁ、強いて言うならば、集団でツルむ事で力を誇示しようとするのは好きじゃないけどね。

さて・・・、メチャ食いました。
大ライスとジョッキビールは基本っす。あ、どちらも×2杯で。(ちなみに、あくまで倒れるほど肉を食うのが主目的なので、酒はそれ以上は飲みませんでした)

* * *

リンク、という言葉を最近よく考えます。

これは、人全体に当てはまる、と。人をある一面だけで判断せずに、いろんな側面や時間の経過も含めて見て、それらをリンクし、繋ぎ合わせた”イメージ”を浮かべよう。特にいい年こいた”大人”と呼ばれる俺達同世代は。寛容な目を。

それと、1つの物事を盲目的に追いかけるあまり、他の良さを見逃す、というのも良くない。鳥の目で物事を捉えましょー。なかなか難しいが・・・。

2001年11月19日

絵と音が出発点

社会人になるまでは、絵ばかり書いていましたね(今も割と書いてるか)。 ガキの頃は、リアルな静物とか風景画と漫画の絵。今はデザイン画チックなモノや人物画を書いてます。

2001年12月 3日

砂漠に降る雪

東京から帰ってまいりました。「ふがいないデート」もしました。
ふがいないどころか「まず動揺、そして失言、あげく思考停止」と、瀕死でした。
ごめん。ありがと。

んで明日月曜から最低1週間最長未定の出張です。泣きそうだ。

送った帰り、夜道を走った。
頭を冷やすために窓を開け、音楽を少しだけ大きめにかけ、
静かな冬の夜道を一人走った。

「砂漠に降る雪」と言う歌詞が聴こえた。
「俺は何処に向かっているんだろう」
いかれた頭の中で、そんな事をぼんやり考えた。

2001年12月24日

来年の目標

来年の目標ができました。迷走の日々に終止符。
メチャ単純明快で分かりやすいです。

自他共にスゲーと思えるWebサイトを作る。

これが目標です。
自他、の他の部分に大きな意味を込めたいと思います。

今まであれこれ試行錯誤していたり、迷走したりしていました。
でも、これからの俺はひとつの目標に向かって走るのみです。