ようこそ。ここは写真や音楽、デザインの小話を細々とアップし続けている個人サイトです。東京勤務、湘南在住の道産子がお届けします。
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2003年1月 2日

生きる(今の正直な気持ち)

周りでは本当にめでたい事がオンパレードで、素直にとても嬉しいです。本当に嬉しい。みんな、おめでとう。

俺自身はというと、明らかに経過期というか、老い(できれば"成熟"と呼びたいけど・・・)相応に変化してきた感が否めない。もともとある気持ちと、その老いがブレンドされつつある。

大らか、優しさ、そして時には「牙が折れた」と評されかねない"丸い"気持ちが、少しずつではあるけれど、年々心の中に広がりを見せていて驚く。昔だったら些細な出来事、ちょっとした考えの違い、思い通りにならないこと等々に、敏感に反応し、腹を立てた気がする。

最近はこうだ。

つまりは、考えの違いこそが世界を作り上げる源であり、思い通りにならないことこそが人生そのものだ、と。全てに抗うのではなく、全てを受け入れる姿勢に変わりつつあるのかもしれない・・・。それを良しとするか悪しとするか、敗走と捉えるか、前進と捉えるか。それは、言葉ではなく、俺自身の生き方で自ずと示されるのだろう・・・。

もう一つの気持ちや姿勢・・・それは鳥目で度々断片的に書いているので、改めて纏め上げはしないけれど、そういった気持ちは、俺はてっきり若いからこそ抱いている気持なのだろう、と思っていたけれど、実はそうではないらしいということに気が付いた。これは結局、俺がくたばるまで引きずる姿勢なんだろう。

俺はこのままでいいのかな、と毎日自問し続ける。間違いなく俺は虚無の中に居る。

今は生きている実感が全く無い。
日を越えた自宅でコンビニ弁当を食べながら、無力感に襲われ、耐えかねて涙を流す程に。

毎日朝早くから終電まで仕事をして、家に帰って寝て、少ない給料をもらって、何とか食い繋いで・・・の永遠の繰り返しで、将来への光も何も見えない。

背中がこしょばゆくなる程の凄まじくクサイ言葉で言うならば、

好きな人が傍に居てくれる
好きなことを追い続けることが出来る
手ごたえと誇りを持てる生業(なりわい)に就く

だと思う、俺の追い求めている物は。そして、たまにはちょっと贅沢しておいしい物を食べ、あれこれ服でも買い漁る、そんなシンプルな暮らしを。

2003年1月13日

the flare of independence

■11日土曜■ この3連休もたぶん満足に休めないだろう。でも会社には誰も居ないから自分の仕事に集中できる。これだけは良い。平日は余計な仕事が舞い込みすぎる。人の為に頑張りすぎる。
家でできる仕事は家で、もしくは喫茶店や街で、 ・・・自分が寛げる環境でしたい。会社はいっそ協業と打合せの場にフォーカスしたらどうか。いつも思うけど、なんのためのネットワーク化か分からない。効率が悪すぎる。SOHOは空想上の理想郷ではなく、合理的なソリューションかもしれない。

・・・スコールの言う"傭兵"なのか、それともサイファーの言う"騎士"なのか。我ながら今の気持ちのスタンスがよく分からないけど、苦しみながらでも頑張るしかない。落ち着いた頃に、今後を真剣に考えよう。

ビルの窓の外は晴れ空、街には溢れる人。俺はこれでいいんだろうか・・・?
・・・人生を擦り減らしている感覚。「過酷な一人旅」、か。

〜この悲しみをどうすりゃいいの?君の笑顔を見つめてたいの
お金なんかはちょっとでいいのだ〜(ユニコーン「大迷惑」より)

■12日日曜■ (後述の理由により)朝方まで起きていたので、夕方近くまで爆睡・・・。日曜は休もうと思っていたのでまぁいいや。起床後、軽くジョギングをして、駅前のコンビニまで夕食を買いに行く。今日はメールチェックはしなかった事とする。

今の生活・・・虚無にこのまま押し潰される訳にも行かないので、反撃の狼煙を上げよう。と、実は去年の誕生日に、気持ちの中で反旗を翻した。何に対しての反旗?たぶん今の自分に対して。

自由な時間がほとんど無い生活だから、休みの日はひたすらボーっと過ごしたり、遊びに出かけたいところだけど、そこはちょっと押さえ気味に。現状に不満ばかり言って、でも自分は遊びほうけて、それで何かが変わる筈も無い。去年の"V8"ほどストイックではないけれど、再び戦いの時間だ。戦える体と心になるために時間を使おう。

(11日と12日の狭間)会社からの帰宅後・・・日付の境目あたりから、メチャメチャ久々にFinal Fantasy VIIIをやってみる。
アデル戦の前で挫折して以来(以前はGFに頼りきりで物理攻撃に不慣れかつ弱すぎたのが敗因)、レベルアップだけチョクチョクやっていたのも随分前の事だな・・・。
サイファーは「騎士は廃業した」と言っていた。あれ?「今度は革命家だ」と。何をやってるんだか、と、スコールと同感。が、行動の源があるだけマシか。
スコールの連続剣が炸裂。スコールのこのアクションは見ていて気持ちいい。
アデル撃破。随分と待たせたけど、リノアを救出。アルティミシア城へ。

2003年1月15日

これからもどうぞよろしくです

東京に来た10月頭以来、ずっと連絡しようしようと思っていた大変世話になった方々に、今朝(と言っても日を超えてるので既に昨日だ)ようやく実際にメール送りました。メチャ遅いってね・・・。相変わらずの無精者だ。でも、連絡を取りたいと言う思いは常に抱いていたので、スッキリしました(と言うのも変な表現ですが・・・)。なんせこの無精晃太郎、ほっとけばズルズル連絡取らずじまいで過ごしてしまうのだけれど、忘れた頃に「わっ!」と連絡します、絶対します。

是非またお酒でも飲みたいですね、旭川の焼肉屋で!ハハハ、これも良い思い出ですね。あの2ヶ月間も、たくさん"姿勢"を学ばせてもらった気がします。

沢山の"親"がいるな・・・、揃いも揃って皆アクの強い方々だったけどー。でも、やっぱりあの頃の経験を幹にして、俺は文句たらたら言いながらどうにかこうにか今もやっていけてるのでしょう。

うーん、上手く表現できないけれど、間違いなく言えるのは・・・。
あの頃は、単なる仕事の関係以上に、なんというか本当にある意味、皆が俺の親や兄のような存在で、いろんな部分から随分と姿勢を学び、影響を受けているはずです。こういう経験って、もうこの先ちょっとなかなか無いかもしれない。それくらい最初の配属は恵まれていたと思います。まぁ・・・仕事はホントいつも難問奇問の続出でドラマチックな展開だったけれど、それもまた一興。

まぁそれにしても、自分でも思うけれどこの鳥目では俺はけっこうネガティブな話を連発してますよね・・・。暗い話の根っこは、もちろんいろんな外的要素・・・環境だったり組織だったり、理不尽さ、意味不明さとかが原因な時もあるかもしれないけれど、結局のところ、大体において俺の弱さや小ささの表れなんだろうなぁ・・・と思います。

だからか、我ながらあとから読み返して消したくなる文章も多々あるし、実際あまりに酷い文章は消す場合もたまにあるけれど、でも基本的には、ここで自分のキレイ事だけを書き綴るつもりは毛頭無くて、自分の弱い部分や醜い部分もなるべくその時々の気持ちとして刻印していきたい・・・そんな気がします。

で!サイトは、まぁ事実上随分と昔からバレてるのは俺も含めて周知の事実だったけれど、今回こうやって改めて"開けっ広げ"にしたんで、ホントオープンに使ってください。肩肘張らず気楽に堂々と見てもらえればOKっす。なんというか、エンターテインメント(=暇潰し)、素の言葉、俺の生存確認、とまぁいろんな意味で各自ご自由に見て頂きたく思います。

ではでは、風呂入って仮眠とって会社行きます。 タフに、そして何よりも楽しむ心を持って、頑張ります。

2003年1月22日

たまにはおカタイ?ビジネス話

「小旅行か?」と思うくらいに気の遠くなるような通勤所要時間。人間として如何かと思われるほどのカオスで無秩序なな満員電車。時はまさに世紀末。淀んだ世界で僕らは出会・・・わないっつーの。

でも音楽を優にアルバム一枚分聴けること、もしくは本を読めること、これらは、カンオケ的悪夢的通勤における数少ないメリットだろうな、と思います。まぁ、本は座れないと厳しいけど・・・。

「ガラにもない」と言われそうだけど、今、早朝と深夜の満員電車の中でちょっとビジネス系の本を読み耽っています。「こうすれば上手くいく!」みたいな啓発書の類ではなく(ちなみに啓発書の類は全然読んだ事ないです。自分で自分を勝手に啓発してしまうことが多いんで・・・)、生活なりビジネスのシーンのこれからについての本です。
で、それを読んでて、俺の常々思っている事も書いてみたくなったので、ちょっと書いてみます。「偉そうに!」と思われそうだけど、まぁ鳥目は僕の自宅(=自分のサイト)なんで、「自宅の中でノーパンで夕飯を食ってる」程度に思って読み流してください。

+ + + + + +

美味く表現できないけれど、自立化・分化と総合化・連続化は決して別個のものではなく、むしろ同一だとおもう。個人なり小組織(担当・課・部など)という無数の点を繋ぎ合わせてできる形(組織全体)が明確なアイデンティティを示している。と同時に、形を解いた後の「点」自体も明確なアイデンティティを持っている。

・・・だめだな、上手く伝えられそうもない。

もう一つ、これも常々思っている事だけれど、プロダクツやコンテンツとネットワークは切り離して考える事ができない、ということ。 放送・電話・インターネット、これらも縦割り式に検討するようなものではない、ということ。

これは、間違いないと思う。 以上、上記2つの話を踏まえて・・・。近年流行っている(?)アウトソースについて。

外注!アウトソース!!と言って放り投げ過ぎるのはよくない。効率の面でこれらの手法はとてもアリだけど、少なくとも「これお願いねっ」と言ってお任せ(委託)する物なり、仕事なりに対する自分のアイデンティティ、そしてビジョンは持ってなくてはならない。そして、そのビジョンを伝えなくてはならない。「ビジョンも考えといてー」ってのは、持っての他。

2003年1月26日

空想が現実と出会う時

あの無骨無愛想なスコールと天真爛漫なリノアの組み合わせは妙に好きだった。ともすれば、甘い恋愛、稚拙なラブストーリー、ガキくさいスコールの恋心、と言われるのかもしれないけれど、逆に俺はそこが好きだった。あの2人の行く末が観たかったから、少しずつプレイし続けた。そして、今、辿り着いた。

エンディングロール。間違いなくCG(コンピュータグラフィック)なんだけど、それを前提とした上で、そこに豊かな風景と表情がある。・・・ほとんど映画級です。

描画方法がCGってなだけで、カメラ回し、演技、その他諸々がまさに映画の世界。99年の時点で既にここまでの事ができるのか、という意味でも圧巻でした。というか、ホント生身の人間みたいで、ビデオカメラでプライベートショット的に撮っている部分なんか、凄すぎるね・・・(これを追求しすぎたのが映画FF。映画のようなCGだから凄いのであって、映画そのものを追っては行けなかったのだろう・・・)。にしても一瞬どうなる事かと思ったけれど・・・今さらプレイしてる人もいないだろうからネタバレ気にする必要もないけれど、・・・よかった。

+ + + + +

FINAL FANTASY VIIIは、ちょうど一年前に「V8プロジェクト」を立ち上げた時に、「V8が成功した後にプレイするんだ、それまで封印しておくんだ」という決意の元、購入、すぐさま封印してあったものです。それが、去年の春に失意と絶望の底に堕ち・・・、V8プロジェクトはおろか、俺は全てを投げ出し、封印を解いてプレイを始めました。・・・勿論今はそんな事関係ナシに、単純に楽しくプレイしてたけれど、春の俺は、誰も信じたくなかったし、一人で過ごしたかった。・・・スコールのように。

失意の絶望の底に堕ちながら、この作品の世界にズブズブと埋もれていったわけだけど、半年ちょっとに渡って、物凄くインスピレーションを得たし、たぶん、今後の創作活動に少なからず影響を与えるでしょう。そういう意味では、あの絶望の半年も無駄ではなかったのかもしれない。

2003年1月28日

思い出す

平成15年の目標は、「工夫とやりくりで、少しでも睡眠時間を確保!」です。

例えるならば、限界域に達してもなお限界を超えようとする試み・・・クルマの「エアコンオーディオ無くしてでも軽量化!」、身体検査のときの女子の「トイレ行ってでも軽量化!」というのと少し似てるかもです。

去年まで大体朝6時過ぎ出発(寝坊した場合は別)という、我ながら理解しがたい生活を過ごしてました。

が、昨年は上京以来3ヶ月の間、ほぼ毎日終電生活だったので、そうすると帰宅が25時(夜中の1時)、風呂入ったり、寝る前に少しでも悪あがきして自分の時間を過ごしたりしてるうちに27時・・・、んーと、これって気づいたら夜中の3時ってことだな。そうするってえと、翌朝(=数時間後)6時には出発だから、えーと、えーと、あそうか5時に起きればいいんだな!・・・って、2時間しか寝れないやん!・・・南無。

3時寝の生活は当分変わらない(俺の人生、かなりEnd of Heartだな・・・)だろうから、何とか起きる時間を後方にずらす。5時起きを6時起きへ、6時出発を6時40分出発へ。もちろん電車激込み時間帯に飲み込まれかねない、というマイナスはあるけれど、一応大差なく通勤できるのです、これで(細かい説明は略します)。

何が言いたいかというと、「マイナーチェンジ」、変わる環境の中で少しずつ生活の知恵を身に着けていかないと死んでしまう、ということだと思います。

時間は少しずつ俺の記憶を飲み込んでいくけれど、でも、思い出す。

2003年1月31日

「若手社員からのメッセージ」という幻想

就職活動のシーズン到来。ウチの会社も就活学生向けの採用サイトを設けているみたいだ。で、お決まりの「若手社員からのメッセージ」という事で何人かのコメントが掲載。学生さんは直接若手社員さんに質問を送れるみたいだ。で、そこに載ってる人の1人、たまたまチョイ知ってる方だったんだけど・・・突如会社に来なくなってしまったんだ・・・。

サイトにアップする程の「社の代表的・イチ推し若手社員」の現状や心のSOSも、結局現場と人事で情報のリンクが取れてないって事だよね・・・。

その方は優秀な方だったし、そのサイトでも素晴らしいコメントを書かれているだけに、【不在】という現実を知っている者にとっては、学生さんという希望の星に対し、会社が見せる幻想と、会社の中の現実のギャップの大きさに驚く・・・。なんだか悲しくなった。

+++

ウチの会社は優秀な方はホントたくさんいると思う。けれど、会社の「意思、らしさ、方針」の欠如に端を発する組織的問題が禍となって、人材という宝を育てる事ができないでいるような気がする。

採用サイトに書かれている希望に満ちたメッセージと、実情とのあまりのギャップの大きさ・・・。若い人たちに言いたいのは、「会社側の自己陶酔的なメッセージに惑わされないで」って事です。甘いサクセスストーリーに酔うことなく、まずは自分がどう在りたいのか・・・結論なんか簡単にでないと思うけれど、少なくとも、自分の気持ちと一生懸命向き合ってみてください。

・・・今日は眠ったら危険なので、このまま徹夜だな。

2003年2月16日

ひとり股旅

スンマセン、更新しばらくホッタラカシにしてしまいました。掲示板もメールも読んではいるけれど、返事書いてなくてゴメンナサイ。

やる事がたくさんあって、ホンと一日が過ぎ去るのが早いっすね。一週間もあっという間。もっともっと時間がほしい。

でも、割と楽しくやってます。

相変わらず構造的・組織的な問題に起因する仕事のやりにくさにはイラつくこともあるけれど(でも、問題意識ない方がよっぽど問題だと思うし・・・)。でも、やっぱり周囲の人間関係的には恵まれているみたいで、笑いながら、単純に面白く過ごせる。そして、これが重要なこと。

京都にひとり旅立った時みたいに、こっちに来た時には勿論知り合いなんて一人も居ない状況で、でもそんな中でゼロから新しい生活を築いていく感覚は、切なさもかなり伴うけれど、心地よい緊張感みたいなものもありますね。価値観は違ってて当たり前、だからこそ学べる事はたくさんある、と。

若い人がほとんど、しかも女の子が居る!って職場環境も見落とせない点だねー。ハハ。・・・以前までは、オジサンだけの職場だったから、その点でも全く違う環境に居ると思う。逆に言うと、今は自分たち若者が責任を背負って仕事を動かさざるを得ない状況だから、オジサンたちの大変さもよく分かってきたよ。

* * * * * *

一番怖いのは「無関心」だと思ってます。自分や自分の周りの、現在や未来に対する無関心・・・。

時間的な面での「自由」は確かにだいぶ無くなってしまったけれど、でも、だからと言って「考える自由」まで失ってしまったわけじゃない。

2003年2月25日

辞職

■■23日日曜日

スタバでまったり・・・・・・仕事だよ。

目の前の可愛い子には目もくれず(いや嘘だ、目ぇ奪われまくりながら)、月曜から再び始まる頭の痛いスケジュールを確認し、シミュレートしている風景です。・・・担務の他、あらゆる雑務を抱え、既にやや飽和状態、しかも慢性化している。

ところで、ソニーや日産などが時に羨ましいなぁと思うのは、自分の会社で作った物を、世の多くの人たちが手にし、更にはお客様に所有に対する愛着や誇りを持って頂ける、ことかな。(正確には、これまたいろんな会社が絡むので"自分だけで作った"とは言い難いけれど、設計思想やコンセプトが通っている物、という意味で)

ふと思ったけれど、仕事の話で申し訳ないけど、僕の会社の業務ってのは、「調整」に係る労力が、あまりにあまりに大きすぎる気がします。調整のための調整・・・これの永遠のネスト、コレがウチの会社のメインの仕事なのか?・・・と???がいっぱいだ。ブロードバンド時代に、俺たちが本当にやるべき事は何だ・・・?それを考えるべき上のお方たちが調整に明け暮れる日々・・・。俺にとって興味は尽きない未知の世界なはずなのに、そんな別の部分で戦闘意欲が削がれるのは辛い。

■■24日月曜日

本日の発令を持って、担当の人がひとり辞職する。

今日まで本人と課長以外、誰も知らなかった事だ・・・。年休消化もしないですぐに辞めてしまう程だからよほどの決意だろう。

一ヶ月前だったか・・・こっそり土曜出勤したところ、その方とバッタリ出くわした。お子様を連れて、親子2人でオフィスにいた。そして、その場で、俺に、悩みをそれとなく打ち明けてくれたことがある。

今にして思えば、それがサインだった・・・。俺にはもっと何か出来たんじゃないのか・・・と思うと辛い。

・・・思うことはいろいろある。まず第一にショックだし、次に何とも言えない気持ち、そして、担当が上手く回っていない状況の象徴、さらに会社への???もある。それにしても、こんな淡々と人が去ってしまう職場って・・・。

2003年3月22日

正義のための戦争なんて、ない

大人は・・・偉そうなこと言ったり、小難しいこと考えたりするけれど、人間が持つ根元的な愚かしさは、どんな高尚な思想や高等な学習とやらを持ってしても克服できないのかもしれない。

生活でも、仕事でも、そして戦争でも、それは同じだ。

問題は何か?それが全く見えない訳ではないのに、何年も、何千年も繰り返される過ちと悲劇。その理由は、人間は感情を・・・愚かしい感情を持つ生き物だからだと思う。

正義のための戦争なんて、どこにもない。

人間が持つ根元的な愚かしさは、どんな高尚な思想や高等な学習とやらを持ってしても克服できないのかもしれない。でも、身を持って体験した悲しみや挫折を持ってすれば、人は少しは成長できるはずだ。

2003年4月13日

授賞式にて

10日から北海道に帰ってきています。美味しい飯、意のまま駆けるドライブ、暖かい人々、北海道は最高だなぁと思います。

さて、11日は昨年秋・・9月下旬頃に受賞した「札幌ADCの2002コンペティション&アワード」の授賞式に出席してきました。

授賞式というと堅苦しく聞こえるかもしれないけど、そこはやはりクリエイティブな方々による祭典。テレビCMやポスター、映像制作者、空間デザイン、そして僕のようなデジタルメディアにいたるまで、様々なモノ作り人が集まって、決して堅苦しくなくリラックスした雰囲気、お酒を飲み、楽しい会話を交わしながらの非常に楽しい授賞式でした。(ワイヤのみなさん、楽しかったっす!札幌の、そして北海道のシーンをみんなで盛り上げていきましょう!)

頂いた2002年の年鑑(今回の受賞作品が全て収載、他にはSapporo-ADC 2002 conpetition & awards の審査風景とか)を見てみると、やはり僕以外の方々が作った作品のレベルの高さに感服しますね。

俺自身の受賞については、「銀賞」・・・、うーん、これは有名著名な道外の審査員達による選考なので、俺が選ばれたのは、まぁ疑いなく奇跡かまぐれか何かの間違いかであるに違いないとして・・・。実は、ADC会員の皆さんが一票一票投票してくれる方式の「会員審査賞」に選ばれた事はけっこう嬉しかったです。

それにしても、とても純な世界でした。物を作る想いと情熱と、作った物そのものが全てを語る世界。情熱と事実が全てを語る世界。そこには、嘘やたてまえ・ごまかしなど、そういった言葉は微塵もなく、大儀妙分も言い訳も自己正当化もなく、でも、ピュアで最強の物が存在します。


俺は、権威とか肩書きとかそういうもので自分自身を縛りたくないので、今回頂いた賞は自分への結果・ご褒美的な物としてありがたく受けつつも、一方でそれは既に過去の出来事。今はまた、27年の歳を食ったまっさらな自分自身だけで、気持ちの赴くままにまた進んでいくだけです。


自分自身の力でProfileを綴っていく感覚というか、自分からゼロから自分の道を切り拓く感覚は、そりゃ大変だし、苦労も多々伴うけれど、やっぱりとても心地良いものだなぁと思いました。そして、それってやっぱり会社ではどう頑張っても得られない感覚だろうな・・とも思った。


授賞自身はもちろん嬉しいけれど、ここに至るまでに個人的にとても悲しい事があったので、どちらかというと今回の授賞はほろ苦い思い出となっています。結果的に、精神的にとても成長できたと思うけれど、うんと悲しい経験をしてしまったし、もう二度と味わいたくない程の辛い出来事だった。


いろいろあったけれど、今はまたモノ作りしたいという気持ちがとても自然に湧き出てきています。


北海道の飯は美味い。北海道の道は気持ちいい。北海道の人はあたたかい。

2003年4月29日

朝は、スタバで始まる。

毎朝、オフィスに着く前にスターバックスコーヒーに通っています。

朝は、ウォークマンとスタバがあるおかげで、だいぶ救われている部分があると思う。

通勤。ホントね、この(クソ)満員電車に乗ってると(乗っていると言うよりは、押しつぶされていると言った方が近い)、そして何故か割と多い率で見かける「ちょっと変な人」の素行を見ていると、なんだか無性に悲しくなってくる。「俺の人生ってなんだろう?」的自問自答に行き着くこともある。

それを軽減してくれるのが、そして僕に元気をくれるのが、音楽とコーヒー屋さん。

・・・な、なんだか、「コンビニ」の時と話がカブってる気がするけれど。でも、違う。

スタバが好きな理由は、割と自分でもハッキリ自覚していて、
1.コーヒー自体めちゃ好きだ(ないと、仕事なんぞやってられるかー!ってほど)。
2.店内の雰囲気がよい。たとえ多少混んでいても割と過ごしやすい。
3.店員さん達との2,3言の軽い会話がいい。エモーショナルだ。
4.まぁお約束ってことで・・・店員さんがカワイイねー。

といっても、平日の朝は店も駅も慌ただしいのでコーヒーはテイクアウトで会社まで持って行く音が殆ど。それでも1と3は十分に満たされます。で、「あぁ、いいなぁ。いっそスタバに転職しよっかな〜」とか妄想しながらトボトボとまだ殆ど誰も来ていないオフィスに向かう、と。

独りでじっくり雑誌を読みふけったり、ちょっと仕事をしたり、考え事をしたい時、そして物作りをしたい時なんかは、躊躇うことなくスタバに向かいます。

2003年5月 7日

新人さんの季節、人を尊ぶ

会社、街角、カフェ、飲食店・・・、いろんな所で実務研修中っぽい新人さんを見かける季節になりました。そして、新人さんに仕事を教える先輩さん。そんな風景、なんだか微笑ましくて良いですね。

* * *

先輩後輩という関係は、実は俺はけっこう好きだったりします。

と言っても、体育会的で厳格な上下関係のソレではなく、会社員のヒエラルキーでもないです。あくまで
師匠と弟子、教える者と教わる者のそれぞれの感覚が、好きなのです。ざっくばらんな中に、技と心の伝授があり、最低限の礼儀があり、技を極めんとする共通の意識があり・・・。

* * *

単なる学年や年齢だけで優劣や高低を決めつけるのは愚かな事。

だから、俺は形式的な上下関係は嫌いです。でも、自分より輝いている人への尊敬の念というか、憧れみたいな気持ちは清々しい気持ちだなぁ・・・と、昔を懐かしく思い出しました。

そう、小学校高学年から、俺はずっとずっと部活動という中に身を置いてきたという事。尊敬できる先輩、信頼できる仲間、可愛く可能性に満ちた後輩達と一緒に、音楽の道を歩んできた事を思い出したのでした。

一匹狼、孤高の奇人、遊牧民、と言われて久しい俺だけど、人を尊び、人に憧れ、人に学ぶ感覚は今もたしかに持っていると思います。

2003年5月11日

ただのギャラリー

写真がますます楽しくなってきて、これはもうチョットした趣味と言って良いのかもしれない。楽器の演奏やドライブと並んで、これまた絶対ジイちゃんになるまでずっと飽きずにやってそうな予感がする。

俺の場合、いかにも!な観光写真や「みんなでパチリ」的な集合写真(合コン写真?)は全然撮っていない気がする。かわりに、他人が見ると「何でこんなモノ撮ってるの?」と訝しげに思うであろう、どうってことない風景や被写体ばかりを知らず知らず撮り溜めているような・・・。

カメラは丁度3年前くらいに買ったサイバーショットで、今も特に不満はナシ。それどころか、本体は落っことすわ、運転しながら撮るわ、という俺の乱暴な扱いにもヘコたれることなく(まぁ文句くらいは言ってそうだけど)俺に付き添ってくれている。

□ □ □

いかに写真をひきたてるデザインをするか、いかに分かりやすく訪問者の目を写真へナビゲートするか、といった方向に俺の気持ちが動いている。もっとシンプルに。そして、一体なにがサイトでの主役なのか、を見極めると・・・。

この俺なんかが主役ではなくて、俺の作ったモノが主役であるサイトが、実は俺が望んでいる形なんじゃないかな・・と思い続けていた。俺の言葉よりも、モノが語りかけてくる言葉。

「自己弁護」でも「逃げ場」でも「秘密日記」でもなく、やりたいのはただのギャラリー。

このV7の原型を作った頃〜2001年の秋だっけな・・〜に「自分がやりたいことの全てを鳥目で結びつける」と言う途方もない「リンク計画」という発想を込めて今までいろいろ頑張ってきたけれど、そんなデッカイ話はもっと長い時間をかけてじっくり取り組むとして・・・。まずはシンプルな「写真サイト」を作ってみたい。

2003年6月 1日

餃子バトル

(30日金曜)
東京は池袋に「餃子スタジアム」なるモノがあるという情報を入手。

全国の強者餃子店を巡れるという甘美なる魅惑・・・。居ても立ってもいられなくなり、金曜の終業後に餃子バトル決行を決意。朝、鼻息も荒く担当に参加を呼びかける。が、よく考えたら平日最後の夜、なかなか各々の予定がかみ合わず(金曜朝にその夜の話を急に持ちかけたんだもの、そりゃ当然だな・・)、結局レガシィ発表会の際に戦場カメラマンとして共に戦った戦友でもある隣の先輩と、いざ再び戦いの場へ。
それにしても餃子1つでずいぶん担当内で盛り上がった。やっぱり家庭それぞれの作り方があるということ、意外にも(?)女性陣はみんな餃子がかなり大好きだということ、餃子と来ればビールだよな!ということ。

さて、たしか13店舗あるうち、今回は2人で4軒巡りました。以下は2人で頼んだもの。

戦場其之一「歓迎(ホワンヨン)」(東京蒲田)
小龍包(5個)、焼餃子(6個)、えび蒸し餃子(5個)、ビール×2
戦場其之二「のんほお」(上海)
南餃子(ふつうの餃子、たしか5個)、西餃子(ピリ辛餃子、たしか5個)、ビール×2
(なんでも東餃子という幻の餃子があるらしいが数量限定)
戦場其之三「来らっせ」(宇都宮12店舗共同)
宇都宮餃子3店舗2個ずつセット(計6個)×2
戦場其之四「華興」(東京)
小龍包風な大餃子(5個)、ビール×2

食い過ぎ、飲み過ぎです。特にオススメは一件目「歓迎(ホワンヨン)」の小龍包。ジューシーでとても美味。

スタジアム内の雰囲気作りも徹底していて、古き良き昭和を再現した街並みは居るだけで和みました。クタクタな仕事帰りのオッサン2名は街並みにはばっちり溶け込んでいた、といいつつ、周りはたくさんの"若いカップル"、若干浮いていたかもな・・。

2003年6月10日

ほとばしるエナジー METALLICA [ST.ANGER]

人の生き方に感動することは、元気をもらえるのはもちろん、うまく言えないけど、なんというか「俺はどうだ?ひょっとして俺は自分が正しいと思いこんでるだけなんじゃないか?俺の目は輝きを放っているか?」と今の俺自身を見つめる機会にもなる。

■■■METALLICA [ST.ANGER]

得体の知れない、とてつもないエナジーが四方八方にほとばしっている。

速くて激しい曲、叙情的な曲展開が好きな20年来の熱狂的ファン。90年以降のヘヴィロックシーンの道標となった通称"ブラックアルバム"、第5作「METALLICA(通称ブラックアルバム)」の"完璧なサウンド"を愛する世界中のファン。さらに続く「LOAD」のシンプルでファットでグルーヴィな音の虜となった割と新しいファン。

彼らの間で毎度物議を醸し出すメタリカのアルバム。

約6年ぶりの新作「ST.ANGER」もという様々な憶測が飛び交っていたと思う。昔の速くて激しいメタリカに戻る?"シンプルなグルーヴ"は更にレイドバックし続け、もう激しいメタリカは聴けなくなる・・・?

そういう周囲の憶測の背後から、巨大なブルトーザーが時速200kmで突進し、蹴散らす!!!!!

という感じが今作だと思う。

アルバムタイトル曲でもある2曲目「ST.ANGER」を聴き終えた時、あまりの衝撃と余韻にしばらく言葉を失った。

速くて激しい、という意味だけなら"戻った"という表現も当たっているけれど、でもどう聴いても"昔に戻った"音ではない。というか、全然違う。原点、ブラックアルバム以前と以後・・・、それら全てを突き抜け、未来をめがけて飛んでいく矢。今のメタリカだけが鳴らせる音、とでも言うのだろうか・・・。感情の何かが思い切り爆発した感じだ・・・。

何よりも凄いのは、40歳にもなろうとしているオッサン達から、凄まじいほどの元気をもらっている、という事実だ。

"完璧なコントロール"、ジェイソン脱退という"犠牲と代償"、自分の中の"処理しなければならない問題"、メタリカという"プライドと責任"・・・・・・。全てを乗り越えた今、なんだか得体の知れないとてつもないエナジーが四方八方にほとばしっている。

俺はかれこれ15年くらいメタリカを聴いているけれど、今回初めて感じたこのとてつもない衝撃はいったい何なんだろう・・・・・・。ファンならずとも、1曲目の「FRANTIC」、そして2曲目「ST.ANGER」を聴き終えた頃には思い切り後頭部をぶん殴られるような衝撃を受けることだろう。「な、なんだ?この凄まじい感情のエナジーに満ちた音楽は?」と。高速ブルトーザーは聴く人を100回くらい引き倒していることだろう。

「な、なんだ一体これは!?」と思わせるバンド・・・。このエナジー・・・。いつか詳細レポートしたい・・・。

にしても、ラーズの超高速ツーバスが、まさか彼が40歳になろうとしている今、再び聴けるとは・・・。
そして、大男ジェイムズ、鉄壁のリフを刻みながら猛々しく吠える姿・・・。最高だ。

2003年6月23日

自分の人生と恋に落ちる

去年の春から今年の春に至るまで、とても暗く重い日々だった。

無気力に陥ったり、荒れたり、自暴自棄な状態が長く続いた。
これから書くことは、今だから素直に受け入れられる事実であり、今だから素直に打ち明けられる独白だ。

たぶん、その一年程の間、俺は精神的に疲弊しきっていた。

俺たち社員をまるで電子ファイル雛形をcopy&pasteするかの如く扱う会社に深く失望した。その失望感をエネルギーに変え、総てをかけて挑むはずだった独立プロジェクトが仲間の突然の失踪によって否応なく停まってしまった。

失望感と戦う術すら見失った俺は、当然、恋や他の全ても上手く行くはずがなかった。このままでは想い描くライフスタイルは遠い彼方に消え去り、俺は深い闇に堕ちてしまうことが自分でも手に取るように分かった。

失望感になんとか一矢を報いるべく、俺は1人フレッシュネスバーガーで創作活動を続けた。連絡すら取れなくなった仲間が戻ってくる、その時を信じて。

去年の夏休みに、初めて故郷・北海道旭川に長期滞在した。
家族や旧知の人々とのふれあいの中で、そして、リハビリとも言える平和な生活の中で、実にリラックスした気持ちの中で今のBIRD'S-EYEのバージョンを作り上げた。辛うじて戦いの爪痕を残すことができた。それ以上に、遠い彼方に消え去ったはずの光を再び見つけ出すことができた。・・・なんとか堕ちずに踏み止まった。

■■(2003年6月20日 金曜日)■■■■■■

「結局、俺に必要だったのは、自分の人生と再び恋に落ちることだったのさ」

行きつけのカフェで馴染みの店員さん達としばし会話を交わした後、アイスコーヒーを飲みながらメタリカを特集した雑誌を貪り読んでいた俺は、ジェイムズ・ヘットフィールドの言葉を読んだ瞬間、不覚にも泣き出しそうになってしまった。

今の俺の人生は、どうだろう?
感情も個性も持ち合わせる人間、特にそれぞれのライフスタイルを築き上げている熟年層をまるで駒のように動かす会社というものには、未だに強い不信感を持っている。そして、俺は東京には友達もほとんどいないし、孤独と言えばとても孤独だ。

だけど、悪くはない。
これからどうやってマイ・ライフスタイルを築き上げればよいのか。それも穏やかで人間らしい、素朴な心とともに。
視界はクリアだ。

そこに辿り着いたと思える今、まるで遠い昔の出来事のように、去年の暗く重い日々を穏やかな気持ちで振り返ることが出来る。

新しい風景に向かって歩を進める時が来た。

2003年6月26日

組織フィルター

なんでだか東京に来て以来、"個人的に楽しい出来事"を、そっと自分の中に留めておくようになりつつある。

その情報の一部分だけが一人歩きし、勝手に脚色され、バケツリレー的に伝わっていくうちに、事実とかけ離れていくことに敏感になっているのかもしれない・・・。心温まる小さな幸せ話を、週刊誌ゴシップネタのような薄っぺらい情報に形を変えて抽出するのは、組織という名のフィルター。そして、間違った考え方や悪事さえも、"組織フィルター"を経るうちに、まかり通るように形を変えて抽出される。怖いことだ。

■ ■ ■

課長が異動になった。正直言ってショックだ。暫くの間は上司不在。混迷の時代がやってきそうだな。さて、どうするか。

2003年6月29日

オープニングセレモニー

金曜日は、なんと日ごろ愛飲している某・ビール会社のかなり偉い方と打合せでした。

その方のお心遣いで、いわゆるノン・アルコール・ビールを頂きながらの、実に粋な打合せ!となりました。まるでTVコマーシャルそのもの!話にも花咲くし、緊張感も和らぐし、実に素敵な心遣い!落ち着いた中にも情熱のこもった話しぶり、立ち振る舞い、身なり、ユーモア、どれをとっても素晴らしい。尊敬する人・憧れの人がまた1人増えました。

話も良い方向に進めることができ、いろいろあった一週間だったけど、良い気持ちで一週間を終えることができました。

■ ■ ■

俺は、意味のないヒエラルキーや"権限のエゴ化"は嫌いだけど、本来的には、会社において"偉い方"の存在はむしろ必要である、とも思っています。もちろん、"偉い方"が正しく権限を行使する、と言う前提があっての話だけどね。

たとえば、部長も社員も、それぞれが受け持つ役割が違うだけで、仕事を完遂する上でお互いが必要な存在だし、極論すれば"対等"とすら言えるかもしれない。

方向性を決め、ビジョンを示し、企業が目的に向かって進むための任務を部下に与える、と言うのが"偉い方"の役割、企業が目的地に達するために、細部を詰め、現実性を見極め、任務を遂行するのが"下っ端"の役割、と言った具合かな。

本来的には、「必要のない役職はないはずだ」、ということだね。

■ ■ ■

8月に、所属している部が、引っ越しする。"本部"と同じビルの中に束ねられる形になる。・・・また、だ。

札幌時代、半年と腰を落ち着けて同じビルの同じフロアの同じ席で仕事をしたことがなかった。物理的引越多数。部屋内引越多数。そういえば、所属部課名も頻繁にコロコロと変わり続けた。

引っ越しも、部課名変更も、"偉い人"が変わる度に話が立ち上がる。まるで駒のように人も動かされる。
あれは、まるでオープニングセレモニーだった。

俺ら社員がどうこう感じる以前に、これはお客さんにとって良いことではないだろう!、と常々思っている。

■ ■ ■

"本部"のことはよく知らないけれど、幸いにして、部のトップは"偉い方"として尊敬できる人。この激動の中にあっても、まだ頑張ってみようと思える。

2003年7月13日

去りゆく人たち

新しい仕事の話が突如舞い込み、忙しくなりそうな予感です。

今取り組んでいるミッションをやりながらなので、正直言って飽和しそうな予感はなくもないです。でも、純粋に楽しそうだし、しかも、わざわざ「Webサイトなら西川」ってな感じでご指名頂いての仕事(ありがたいことです)なので、チョイ張り切ってみようかなと思ってます。また、ナポレオン生活(=平均睡眠時間3アワーの事)が始まりそうだなぁ。

ま、いっか。気持ちのどっかにちょっとしたFUNさえあれば乗り超えていけるはずだー!

* * * * *

10月に上京して以来、人が辞めてったり、人事異動があったり、自ら異動志願をして去っていったり・・・、どんどん人が居なくなりました。不思議というか異様なお別れシーンが断続的に続きました。
そして、 7月頭に、上司が現任1年と少しばかりで突如異動することとなり、ついには今の仕事を俺と先輩の2人で回さざるを得ないという、前代未聞の状況に陥ってしまいました。課長のいない担当。マネジメント不在という状況も凄いけど、まぁそこはセルフマネジメントで多少なりともカバリングするとして、とにもかくにも扱える仕事量に絶対的な限界があるのは明白・・・。2人って!!

これまで上司を武装する為の資料を作成し、お偉い方との論戦で窮地に立たされる上司に代わって代弁し、恥かき役や厄介役を引き受け・・・と、上司をサポートすることが至上命題だった俺。「少しは代理手当くれー!」って感じだったかな〜、ハハハ。

そうやって若き上司を献身の思いで支え、信じ、共に頑張ってきた・・・はずが、仕事と俺たちを残して突如あっさりと去った時は、「一体なんだこれは!?」と、正直言ってかなり混乱しました。その混乱が一週間ばかり続きました。

これからは、"フィルター"をあまり介すことなく、もっとストレートに自由に動ける。という考えに至り、今は少し楽になれた気がします。

2003年8月14日

充実

このホームページのフルモデルチェンジを、今回を含めてこれまで8回ほど行ってきた。

今回の作業でようやく"自分の作りたいイメージ"と"現実に作ったもの"との距離が縮まってきた感じがしている。少しずつではあるけれど。

作りながらとても心地良い。

2003年9月14日

the road song

ある日、俺はドライブに繰り出す。

イグニッションキーを回す瞬間、いつもちょっとだけドキドキする。

普段はそうでもない缶コーヒーが、ナゼだか妙にウマく感じる。
流れる大好きな曲に合わせて、ジャイアンリサイタルが始まる。

当てのないドライブだって、まぁ悪くはない。
人ひとりいない道では、風景のなかに混じり込んだ気がする。

自分の気持ちとリンクしていれば、少しくらい騒がしいエンジンでもいい。
楽しいときは、走る。
悲しいときも、走る。

気が済むまで走った後は小さく音楽をかけ、音に撫でられながら家路に着く。

一人だけど孤独ってワケでもない、それがドライブかもしれない。

Life is GT!
Life is GT!

ある日、俺たちはドライブに繰り出す。

あの子をやっと誘えた初ドライブは、劇的に運転レベルが落ちる。

行きは、さんざん予習していても確実に迷う。
帰りは、ついつい寄り道してしまう。

シフトノブから助手席までは、まるで宇宙のように遠い。
心がかよった後は、まるで宇宙のように近い。

あの子の気持ちとリンクしていれば、少しくらいオンボロな車でもいい。
楽しいときは、走る。
悲しいときも、走る。

家まで送った後は窓を開け、風に吹かれながら家路に着く。

ドライブの間だけは、街はふたりのためにあるのかもしれない。

Life is GT!
Life is GT!
Life is GT!
Life is GT!

/the road song

2003年9月15日

i am on the road. i am in the scene.

今からちょうど3年前、2000年の9月、俺は北海道を愛車で一周する旅に出た。

相棒はオンボロ車と積み込んだCD達、そしてエレクトリックギター"レスポール"。・・・いや、要するに物好きでアホで暇な俺の一人旅ってことだ。

夏休みをフルに使って、北海道をぐるっと一周する。そして、"連続する道と風景"を自分の目に焼き付ける。それだけの旅だ。旅というよりは荒行に近いものがあったかもしれない。

札幌からスタート地点・苫小牧市まで南下し、そこから反時計回りに回る。襟裳岬、帯広、釧路、根室、知床、網走、そしてオホーツク海を横目に稚内まで疾走し、最北の碑を踏む。今度は日本海を横目に八雲、厚田村、小樽、積丹、函館、室蘭、そして苫小牧の地を再び踏んで旅は終わった。

いくら言葉でカッコつけようと、現実はいつだってかなりカッコ悪い。そんなもんだ。しんどさ、寂しさ、飽き、疲れ、それらネガティブワーズのオンパレードだった。

でも、その旅の風景・・・愛車の助けを借りつつ自分の意志と力で北海道をぐるっと一周した旅の風景・・・はなぜだか全て心に焼き付いていて、"連続する道と風景"を今でもくっきりと思い出せる。

そう、道は連続する。風景は連続する。

そして、俺は名も無い道の上を走り、流れる風景の中にいる。
たったそれだけのことを感じる旅だった。

/i am on the road. i am in the scene.

2003年9月16日

My day off

これで一応"鳥目V8"と言う皿はできた!長かった制作作業からやっと自分を解放できる!

おし、しばらくはノートパソコン持ち歩かないようにするぞー。「パソコンオタク」とか「ソニーの営業マン」っていう誤解を解かんとな〜〜っ!!

楽しい雰囲気の中でモノ作りできた。ありがたいことだ。

* * *

・・・ここ1年近く、平日は表家業で時間が全くなかったこともあり、休日のほとんどを裏家業・鳥目工房の仕事や"V8"制作作業に回してきました。
もちろん楽しいし充実感も高いんだけど、ちょっと浸りすぎたかもしれない。これから一ヶ月くらいは、制作作業から少し離れ、のんびりと普通の休暇を過ごそう。

ホント、今回は小難しいこと何〜にも考えずにダーッと作ったなぁ・・・爽快だった。もちろん、生活の中には色々ネガティブな要素だって色々あるはずなのに、それを遙かに上回るこの充実感。

ひとつだけ、考えたというか試してみたことと言えば・・・これまで学んできた"広告"の手法を自分なりに取り入れている、つもり。TVCMやポスターなど、上手いものはメッセージが閲覧者に飛んでくる。

Webで表現できることを俺なりに挑戦したかった。

そんなわけで、テキスト直行!なお客さんには悪いけれど、前作よりも少しだけプロセスが多いです。(そのかわり「photography」コンテンツなど知らず知らず充実してるかも??)

P.S.
β版を8月の終わりにアップしてからも、細かい手直しとかを延々続けていたこともあり、サイトリニューアル公開後も今に至るまで一切の宣伝活動を行ってきませんでした。この無精ぶり、まぁ今までもそうだったかもしれないけど、今回の沈黙ぶりはそれに輪をかけてヒドイ!
にもかかわらず、たくさんの人が観てくれたみたいで、さらには観て感じたことをメールやBBS、さらには直接口頭で俺に贈り届けてくれました。ホント、どうもありがとう。

2003年9月23日

動いて初めてわかること

週末あたりから関東はぐっと過ごしやすくなりました。
秋らしい涼しさ、とでもいうのかな。

そして、早いもので、来月で上京してから一年が経とうとしています。

・・・しばらくは故郷・北海道に戻らない予感がしています。今の会社に留まるかどうかは別として!?
もうちょっと東京という混沌の中で、出会いというステキな偶然の産物を大切にしながら、身を持っていろんなことを感じたり学んだりしたい、という気持ちが大きくなっています。

最近は相変わらず忙しいながらも、生活全般が以前に比べてけっこう楽しいです。一方で、正直Webサイトでの日記(要はこれ)のあり方について再考の時期にきている気がします。
作家の書いた「エッセイ集」ってさすがというか、やはりプロの仕事だなぁと改めて感じています(当然か)。作家が日常の中で個人的に体験したことを、不特定多数の人が呼んで面白く感じるように書き上げる・・・。いざ書く段になったらこれはホント難しい。

***

ところで、インターネット上にメールアドレスを公開していると、だんだんと変なメールが届く機会が増えてきます。"未承諾広告"くらいならまだ良いとして、いきなりワケわからん人(例えばアンドリューとか)から届いたメールで「Die」とか書いてあったら良い気持ちはしないよなぁ・・・。

***

自分で実践することはなく、頭の中で分析するだけの"評論家っぽい人間"が社会には沢山います。自分の高尚な論理とやらに恍惚としている頭でっかちな輩。そのたいそうな分析を基に、他人を批判し、自分を正当化する輩。

でも、その立派な論者に対して"ブザマに動き回った"俺からハッキリ言えることはこう。「よくわかった。あんたの話はとても論理的だし、筋が通っているかもしれない。でも、あんたの話を聞いてるとなんかムカつくなぁ〜、ハハ!」

動いて初めてわかること、動いて初めて次へ踏み出せることはたくさんある、と、この2年間の悪戦苦闘を経た今、そう思ってます。

2003年9月29日

虎の威を借る虚しい狐、WANTとMUSTの融合

一時期の自暴自棄状態と比べ、精神状態は格段に良くなりました!

その理由は自分でもハッキリ分かっていて、1つはいろんな人との出会いに恵まれたことです。
楽しかったり、憧れたり。東京で、良い友達がいっぱいできた。

かつて「自分の世界が〜」とか言ってその偏狭な世界にこもりがちだった俺自身の大きな変化・成長もあると思うけど(自分で言うなって?)、いろんな環境にいる人、いろんな業界の人や学生さんとかと話すこと、人の話を聞き、自分の考えを表現することが今とても楽しいです。

もう1つは、大げさに言えば「どうしようもなくちっぽけな俺が、それでも生き続ける理由」を自分の手で見つけ出せたこと。生きる理由というか、生きる意欲とでもいうのかな??

仕事漬けだしー、金欠だしー、"惨めで無味乾燥"なはずの毎日を過ごすのが、今、これほど楽しく思えるのはどうしてだろうな?

・・・組織の権限や地位に浸って恍惚とする人生は虚しい。

権限や地位は、業務上必要な数ある機能や役回りの1つであり(=必要ない業務や役職は、ない)、自分と他人を計る優劣の基準ではない。
虎の威を借り続けた狐は、たぶん、じいちゃんになって人生を振り返ったときに、"自分"の空虚さに泣くと思う(それでも気づかない人は、それはそれでめでたい)。

だから、一切の要素を省いた"裸の自分自身の生き方"が好きになれることが大切。そして、その生き方が誰かにプラスのエネルギーなって届けば最高。

このことを、体現しながら感じた。
そのことが、きっと今を楽しいモノにしているんだと思う。

***

そういや、2年前、つまり前作・鳥目V7を立ち上げた時に標榜していた"リンク計画"もある程度理想に達しつつあります。やりたいことで結果を出し、それによってやりたいことが寄ってくる、そこでまた力をつけ、結果を出し・・・の好循環。WANTとMUSTの融合。

一例を挙げると、「プライベートでのサイト作成の仕事やコンテスト受賞という結果を契機として、公の舞台でもサイトに関連する業務を頂けるようになる、そこでまた大きな仕事でのみ得られるノウハウを蓄え、それを私的分野にもフィードバックし、結果を出し・・・」という循環です。

2年前から、この構想を掲げて活動し、ようやっと半年前くらいから目に見える形で循環するようになってきました。

まぁ生活自体は相も変わらず仕事漬けだけど〜。土日もどこかで仕事のことを考え、あるいは実際に仕事したりしてるワーカホリック。でも、こうしてウェブの世界にどっぷり関わり、毎日最新動向やらノウハウやらを蓄えることができる状況なので、悪くはないかな。

***

というわけで、思い描いていたリンク計画が形になりつつある今、新たな目標を打ち立てねば〜・・・なーんて「MUST」的考えよりも先だって、新たな「WANT」が沸々と沸き上がっていることを自覚しています。

2003年10月 5日

ビミョウに変わる髪型のヒミツ?

見たことある人はご存じの通り、俺は、け、けっこうアグレッシブな髪型です。

でも、"別に髪型を整える"というふぁしょなぶる(?)な感覚はなくて、毎朝「ゲキネム〜(激眠。エミネムではない)」とブツブツ呪文のように繰り返し唱えながら、整髪料をつけた掌で半乾きの髪を"かき混ぜる"だけ。全然時間のかからない楽な髪型。ブラシや櫛、ドライヤーといった類はもうかれこれ15年くらいの間ほとんど利用したことないです。無造作ヘアのパイオニア!・・・んなわきゃぁない。

俺の髪の毛はけっこう癖があります。その癖のある髪を変に"整える"よりは、癖毛を活かしたほうが楽だし、きっとそれが自然な流れなのかなぁ・・・と思っています。

で、そんなテキトーな髪型だから、けっこうその日その日で微妙に髪型が異なってきます。なんというか確立論の世界!当たりはずれというか、芸術的に逆立つ日もあれば、売れない芸術家の如きヘナヘナな髪型などなど。

* * *

最近はかなりボサボサに伸びてきてしまい、知り合いの何人かから「長くなったね〜」と指摘も受けるように。長くなった分だけその日々の微妙な「髪型の変化」具合も顕著になったせいか、ある若い子からはとてもサワヤカに「いつも"ビミョウに"髪型変わりますよね〜」とお褒めに預かる始末。「いやぁ、ボサボサに伸びてきちゃってね〜、まとまらなくて」と実のトコロを話すと、「でも、長いイメージありますよ〜」と再び爽やかに。そ、それは単に俺が無精なんで、何ヶ月も髪型に全然気を遣ってなかっただけなんやけどねぇ〜・・・。

もう一つ、髪型が非カイシャイン的なのか、それとも俺の日頃のストレンジャーな立ち振る舞いのせいなのかよく分からないけど、昔っから事ある毎によく言われるのが「カイシャインに見えないよね〜。どっちかって言うとクリエイターとかデザイナーっぽい雰囲気」。うーん、個人的には嬉しいお言葉だけど、そ、そんな俺がね、かれこれカイシャイン5年もやっとるわけで・・・。

* * *

でも、たしかに内面から滲み出る雰囲気や、外面的な要素〜服装、体型、髪型などなど〜、それらが渾然一体となって人間の姿勢(attitude)を表現する一助となると思います。バイアスのかけ方もけっこう趣深く楽しい世界で、ぎらぎらとひけらかすか、ちらりちらりと仄めかすか、という観点も楽しい。

さぁ、髪もガッツリ切って、服も新調するか〜!

2003年10月 7日

コンセプトカー

いよいよクルマ祭「東京モーターショウ」が間近にせまってきましたね。

毎年、乗用車と商用車で交互に開催され、つまり多くの人が楽しみにしている乗用車ショーは2年に一度の祭典。2年前の自分はと言うとまだ札幌で暮らしていたんだけど、たまたま会社の長期研修で東京に1ヶ月ほど滞在していたので、幸いにも思う存分堪能できたっけ。

ただ、最近の傾向として、商品化の1,2歩手前のクルマ、つまり市販状態に近いクルマを展示してあるケースが多かったりするのでドキドキ感に欠ける、という感想をよく聞くし、俺もそう思う。もっとコンセプトカーを展示してほしいなぁと思います。夢を見せてくれればハリボテも可! 2年前、予告なしに突如現れた日産GT−Rconceptに群がる人の群れ、そして熱気が懐かしく思い出されますな。

* * *

そういや、今、仕事である展示会を開催しているんだけど、そこで「会社のコンセプトを表現する!」という大儀を背負ったスーパーハリボテサイトが展示されてます。今一緒に仕事してる方と俺との共作で、制作時の合い言葉は"コンセプトカー!"。・・・ホントGT-Rconcept級にボテボテなんやけどね。ま、まぁ大切なのは夢を伝え、ドキドキしてもらうことだ〜。

2003年10月19日

同世代

先日、よく行く店で記念打ち上げがあり、俺もお呼ばれしました。

楽しかった!!
店員さん達の若さ溢れる、凄まじくパワフルで活気に満ちた飲みで、凄く笑い、飲み、喋った気がします。

と同時に、刺激も受けまくっていました。

店長さんは俺と同世代。若いけど、一店を立派にマネジメント。
やっぱ経験からくるのか、しっかりした視点を持っている。しかもいろんな事を広く見渡している。そして、なによりも沢山の社員さん・バイトさんから尊敬の眼差しを受けるその人柄。

今、生活が"楽しい"と思える理由の1つに、こうやって同い年くらいの人が凄くしっかりした考えや行動をしていて、そこから元気をもらっているから、というのもあると思います。
東京でも"同い年くらいで頑張っている人たち"との出会いに恵まれたし、また北海道の第一線で活躍しているデザイナーの方々の多くが実は!俺と同世代なのです。ある年齢を過ぎると、ホント日々の過ごし方に対する自分の意識次第で、若しくは外的要因で言えば育成方針等のありようによって、同じ期間の間に大きく成長もできるし、逆に俺のようにノロノロと歩んでしまったりもするんだなぁ、と・・・。

■ ■ ■

んで、かたや俺は未だに一番下っ端か。うーん。(※言いたいのは別に肩書や昇進のことではないですよ)

今のウチの会社では、ものすごーい遅いスピードでしかステップアップできないのかもな・・・
と、帰路に着きながらぼんやり思ったりしてしまった、とさ。

2003年10月26日

社長のことば

ソニー会長・出井伸之さんの著書「ONとOFF」。この本は、出井さんがソニー社内サイトの中で社員に向けて頻繁に発していたメッセージを纏めて本として出版したものです。

内容がとても面白くて、かなりざっくばらん。ビジネスの話はまぁもちろんだけど、プライベートの世界、ワインや音楽、ドライブ、ゴルフに至るまで盛り沢山(特にゴルフは相当好きなんだろうな、と一読してわかる)。
そして、たぶん、それほど推敲や編集のプロセスを経ずに、短期間でがーっと書いたものをそのままUPしたような印象を受けます。よい意味での生々しさ、荒さがそのまま提示されている。まるで、昼食でも共にしながら社員に語りかけている感じ。
社外の人間である僕が読んでいても、その人柄まで感じ取れるくらいだから、さぞかし社員の皆さんにとってはとても興味深かったことと思います。社長(当時)のメッセージがダイレクトに伝わってくると言うのかな。

結果、当然というか、そのコーナーは爆発的なアクセスに。さらに読んだ社員さんは感想や意見を之またダイレクトに出井さん宛に送信、社長も直接それを読んでいたみたいです。

■■■

実は、僕の会社でも現社長から社長の社内向けホームページを設け、やはり社長のメッセージが掲載されています。僕も何度か観たことがあって、サイトのデザインもきれいだし、全体的に見やすい。

でも、悲しい哉、周りの声を聞く限り、あまり観られていることもなさそうで、場合によっては全然知らない人もいるほどです。

どうしてか?
その理由は、あくまで僕の想像にすぎないけど、とても明確です。

ダイレクト感とスピード感。

たぶん、僕の会社の社長サイトでは、社長自らが文章を書いていることは間違いないと思うけど、筆を下ろしてからサイトにアップするまでに、たぶん"社長サイト運営委員会"的なところで、綿密なチェックが入っているんだろうと(内容はまぁそれほど口を挟まないとしても、その他見せ方やテーマ選定などの部分で)。そして、言葉の角は多少なりとも取れてしまったり、そもそもチェックのプロセスが入るために自ずと最終アップまでに時間がかかってしまう。

それに比べて出井さんの文章は、ダイレクト感が強い。もちろん事前に誤字・脱字や無用な語弊を防ぐための最低限のチェックを行った後でアップしているとは思うけど、手触り感というか直接語りかけるかの如き文章となっています。そして、チェックのプロセスが短い分、スピード感ある更新が可能となっているのかな。社長自らアップロードしているんじゃないかな?と思うくらい。

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ダイレクト感とスピード感。直接社員に語りかけるかの如き文章。

たぶん、好き嫌いは別として、少なくともソニー社員に社長の"顔"、考えていることやビジョン、危機感などがよく伝わっていると思います。

そして、企業トップの"顔"がよく伝わっている会社は、とても高い集中力と推進力を生み出すのだとも思います。

逆に、トップの顔が見えない企業はどうなるんだろう?・・・分散と迷走に陥ってしまうのか?

今、仕事でいろんな組織のサイトを自分なりに研究していて、よくある「社長のページ」「社長のメッセージ」についてあれこれ考えているうちに、こんな事を書いてみました。
社長コーナーそれ自体は形骸化している感があるけれど、でも、トップの考えを伝える工夫や努力は大切かもしれないな、と。

2003年11月16日

GT goes on.

プライベートが質的な面で充実してきた感があります。

量的・時間的に言えば、相変わらず私的な時間は少ないけれど、でも、そのことがあまり気にならなくなった。慣れたというか、その"少ない時間"を有効に使えるようになりつつある、かもしれない。

さて、「プライベートが充実してきた」と言ったりここに書いたりすると、大体決まって「何か浮いた話でもあったんちゃうん?」「恋バナ??」と訊かれるのがオチですな。その辺はどうぞご自由に。評論家の如く分析してもらっても、ワイドショーに群がるオバサマのように勝手きままにしょーもない推測をしてもらっても結構です!

* * *

「他の文化を知って、初めて己の文化も分かる」。

居心地の良い"自分の世界"や"自社の文化"に埋もれることなく、"GrandTour"を続けていきたいです。

2003年12月 1日

制作終わりました

前回日記の年賀状、その方の個人用ではないですよ。ハハハ。自分の年賀状すらまともに作らない俺が、人様のプライベート年賀状を作れるワケがないよね。

今回作ったのは、ウチの会社からお客さんに対してのメッセージカードみたいなもんかな。つまり、法人営業のトップという立場からお得意さんに出す、いわば会社としてのメッセージカードです。
実際、依頼を受けたときに、「ブロードバンド時代を抽象的かつ斬新に表現したものを求めている」と言われ、それならば、と思い、引き受けるに至りました。

こういうサイドワークは、自分の余裕を自ら奪う行為に他ならないけど、でも自分のスタンスとして極力引き受けるようにしています。

その理由の1つは、「(メッセージ発信が正直あまり上手くない)ウチの会社から外に向けてのメッセージ発信をより良いものにすべく、自分も微力ながらも貢献することができる」という点。

もう1つは、「実作業を通して初めて得られるもの、いわゆるノウハウ的なものが大きい」ということ。

最後に、「忙しいときこそ、心に余裕を」かな。ハハハ。忙しいからと行って、不機嫌になったりしたくはない。そんな時こそゆとりとユーモアを、ってね。

2003年12月 7日

キャラバン、エモーショナル、年輪

仕事がいよいよ本格的に動き出し、それに伴って日本各地を訪れる機会がぐっと増えそうだ。先週も、とある県へ日帰り出張。今週も違う県へと。

キャラバンの日々、再び。地から地へ移動する、あの感覚が好きだ。願わくば自分でクルマを運転していきたいところだけど、まぁそれは仕方がない。

***

師走か。日が経つのがホント早いな。

睡眠不足と肉体的疲労は多分に感じるし、精神的な疲弊も多々ある。でもそれ以上に、だいたいは毎日を楽しく過ごせている。苦渋の顔も笑顔も多い。しょっちゅう怒られ、ときどき怒る。よくよく笑わせられ、よく笑わせる。人から元気を沢山もらい、ちょっとだけ人に元気をあげられる。エモーショナルだ。充実していると思う。

***

年輪。

浮き沈みの激しかったこのエモーショナルな1年、特にこの半年ほどで、俺を形作るもの全てに刻み込まれたかもしれない。カッコイイ訳では全くないが、いいオッサンになれるかもしれない。

2003年12月14日

20代は伸び盛り

今月の21日でこの鳥目も5周年を迎えます。そんなワケで今日は「歳」の話を。

学生さんの知り合いが居て、その人にはこれから始まる輝かしい20代前半の日々がまるまる残ってる。

「いいなぁ」と俺。
「じゃあ今の西川さんの歳ってどんな感じなんですか?」と聞かれ、「20代後半はそれはそれで決して悪くないけど、でも、確実にオッサン化してるよ」と冗談交じりに伝える俺。

20代は伸び盛り。

前半は、まるで雨を吸い込む大地のように、大地から栄養を得てぐんぐん育つ草木のように、際限なく吸収と成長ができる時期・・・どちらかというとそんな「蓄える、肥える」時期なのだろう。
それに比べ後半は、少しばかりの挫折や喪失を経て、それらと引き替えに少しだけ成長できる時期なのかもしれない。

2003年12月25日

誕生日

21日をもってバーズアイ5歳、俺28歳の誕生日を迎えました。

今回、サイトのお客さんからは主にメールで、プライベートの友達や知り合いからは直接、沢山のお祝いの言葉を頂きました。ホントどうもありがとう。

* * *

さらに、思いがけないところから思いがけずとてもステキな誕生祝いを頂き、ビックリしたのと同時にとても嬉しかったです。
頂いたプレゼント自体もとてもステキだし、さらに、それを贈り物にすると決めるまでの心の動きを感じ取れる物だったから尚更嬉しい。

とても嬉しかったので、せめてものお礼・・・と言うほどのモンでもないけど、自分で撮った写真でお手製クリスマスカードを急遽2枚ほど作って贈りました。

* * *

物を作ることの原点が、実はここにあるような気がしました。
物を作るのは、気持ちを表現することだ、と。

* * *

ステキなモノ作り人になれます様に。ステキな28さいになります様に。