「正義」を振りかざす人
今日は、10時45分から「少年法」の授業。
先生が雑談の中でこんなことを言っていた。
「昨日の夜、TVで映画やってたんやけどな、主人公が敵をばんばん撃ち殺すんや。彼は愛する人を守るためにやっとるんやろうが、あれは彼個人の正義であって、法的な意味での正義とはちゃうからなー。街中とか歩いててもいっぱいおるやろ、自分が『こうあるべきだ』と思ってることを押しつけて、店員さんに無理難題を言って困らせる人」
たしかに、と僕も思う。街でも、学校でも、どこでもそういう人は溢れている。ついでにいうなら、だいたいそういう人は往々にして怒りっぽい。先生曰く、「短絡的で、論理性に欠ける」のである。つまり、「自分が正しいと思うこと」が果たして他の人にも当てはまるのか、という考察を経ずに、あるいは自分の考えは当然他人にも当てはまる、という考えに基づいて、相手に「正義」を実行するのだろう。こういう「正義の人」と付き合っていると、正直言って疲れる。それに時々怖くなる。彼ら・彼女らには「must」的な考え方が多いから。
「君たちの中にもおるんちゃうか、『あの子は僕を愛すべき』と思いこんで、押しつける人。わっはっは」と先生は半ば茶化して言った。これは怖いですね。こりゃ、ストーカーの世界だ。「好きになって欲しいな」と願うことはあってもねー、愛すべき、なんてまるで独裁者みたいなことはとてもとても恐ろしくて僕には言えない。僕にできる全てのことは、道ばたにひっそり咲く花のようにいつか振り返ってくれるのを待つことだけです。
ところで、授業に出てると、本題よりもむしろ派生的な話や雑談とかから生き生きした知識(生活のエッセンスとでも言おうか)を得られるようだ。僕が4年生にもなって、しかも単位も取り終えてしまっているにもかかわらず、とぼとぼと授業に出ているのは、そういう「ささやかだけど役に立つこと」を期待しているからだったりもする。単なる暇人だからという有力説もあるけど。
最近の学生さんは(僕も最近の学生だけど、一応)なかなかクールで且つ多忙のようで、出席しなくても単位が取りやすい授業とかは出ないみたいだけど、「何かを吸収しようというアティテュードで挑む限り、いーことあるさ」と僕は思うので、大学生の皆さん、とりあえず出てみましょー。でも、これも正義の押しつけになるのかな。
オチがついたんで、おしまい。
12月5日土曜日 雨降り

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